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松江の近代建築
松江近代建築ツアーの報告とその後
平成12年五月某日、県美主催の「松江近代建築ツアー」に行って来ました。
建築が好きで他県へ建築物を見に行っている割には、松江の建築 については知らない部分が多く、「足元から固めないと」というわけで申し込みました。(妙なところで堅実だったりする・・・。) このツアーは、2コースあり、橋北地区と橋南地区のツアーが用意されていました。 橋北地区は、「田野産婦人科」→「浅野小児科」→「蓬莱荘」→「トラヤ紳士服店」→「かげやま呉服店」→「カラコロ工房」。 橋南地区は、「藤忠」→「米江旅館」→「福寿苑」→「出雲ビルと出雲屋」→「尾原呉服店」→「山陰合同銀行北支店」→「カラコロ工房」。 私はこのうちの橋北地区を回るコースを選びました。
田野産婦人科
浅野小児科
蓬莱荘
トラヤ紳士服店
かげやま呉服店
田野産婦人科
明治四年の建築です。木造ですが、漆喰壁にアーチ窓となっており、 西洋建築の意匠をうまく表現してあります。また、窓枠そのものもおそらく当時のモノではないか、 ということでした。(和釘等を使用してあるため)
この建物の表は寄りつきのポーチになっています。少し狭いのは、人力車用のポーチであるから、ということでした。 また、写真はありませんが、表の方には、かの永井博士がお生まれになった病室も残っています。 そちらの方は、さらに古い建築だそうで、下手すると両方とも重文クラスではないか、ということでした。 もっとも、家の方は、「自分の家でなくなるような気がして・・・。」とずいぶん複雑な心境のようです。 実際、このツアーに限らず、かなり来訪者がおられるようです。 建築好きだと、ともすると残そう残そうと思いがちですが、何よりすんでおられる方の家なわけですから、 誰のために史跡としての指定をするのか、ということをお役人や学者の方はよく考えた上で発言してほしいと思いました。 ちなみに私はここで生まれました。
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浅野小児科
大正1年の建築です。 先代の遺言により、10年前にもとの意匠をなるべく残すようにリファインされました。玄関ポーチは、エンタシスでささえられています。 リファインはしてあるものの、エンタシスなどは当時のままで、縦長の窓についてはもとの意匠を新たな材料で作り直してあります。 この医院で特徴的なのは、ピンクの下見板張り、そして診療室上部のキャットウォークでしょう。
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蓬莱荘
もと高級料亭だったものを、旅館に改装してあります。(数寄屋料亭建築) 昭和1年建築です。非常に凝った作りで、玄関の屋根も瓦葺きと銅葺き屋根を組み合わせてあったり、 廊下に橋が架かっていたりします。 注目すべきは照明器具で、非常にデザイン的にいいものが多く、建築ツアーなのに照明器具で多くフィルムを使ってしまいました。
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トラヤ紳士服店
この建物で見るべき点は二つ。 一つはスクラッチタイル。一見すると何の変哲もないタイルですが、非常に珍しいものです。
また、コーナーの部分はレリーフが彫ってありますが、 これが何を意味しているのかは今持って不明です。 特命リサーチ200Xならわかるかもしれませんが。 このコーナー部分の上には元々塔のようになっていたとのことです。
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かげやま呉服店
明治5年11月に公布された国立銀行条例によって、四つの国立銀行が設立されました。 この建物はそのうちの第三国立銀行松江支店として建てられました。 国立銀行とは言うものの、実質民間商業銀行だったようです。 藤好カメラ店が使用していた後、かげやま呉服店さんが購入されたとのことです。 この外観の作りは、この建物特有のものではなく、国立銀行共通の建て方だったようです。 外の雨戸も鉄製で重く、防犯上の理由もあったと思われます。
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※ 備考 Nikon F 50mmf1.4にて撮影
※ 参考資料 「松江近代建築ツアー」資料より抜粋
近代建築ツアーいかがだったでしょうか。 次回更新時には、自らの足で探した近代建築をアップ予定です。
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